お話がちゃんとある「お話の少ない絵本」(全話)
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解説のみの「お話のない」バージョンをごらんになる方はここへ。
きらきらと光る川の流れが、うちへ帰るボクを追い越していく。尾根と尾根にはさまれた青い空に、トンビの声がひびいていた。雨は夜のうちにあがり、にごっていた川も今は黒いガラスのように澄んでいる。
川ぞいに並ぶヒノキの影が、白く乾いた道に長く伸びている。これをふまないで通るのが帰り道のきまり。軽トラックが土ぼこりを立てて追い越していった。
ボクは空に何かの気配を感じた。翼をいっぱいに広げた鳥が降りてくる。ボクは思わず後ずさりした。トビだ。
トビは目の前のバス停にとまった。翼をたたみ足ふみをして、そのままじっとしている。
いつもひとりぼっちで飛び回っているトビ。一人で歩いているボクに近づいて、「ピーヒュロロロ」とか「ピュイイイ」と鳴くさびしがり屋。
トビが翼を広げる。灰色の足がつかんでいる何かが光った。
ボクはからだをよじってランドセルを見た。そこにあるはずの熊よけの鈴がなかった。
とつぜんボクの上をあおぐような音が通り過ぎ、その風が吹きつけてきた。見上げるとトビはもうはるか上空にいた。そして少し離れたところにボクの鈴が落ちていた。
庭に出たボクに何かが猛スピードで近づいてきた。ぶつかる!と思った瞬間、それはボクの足元を駆け抜けた。見上げると光のなかでトビがターンしていた。そして、もう一度、影がボクの足元を横切る。話しかけているんだ。
トビは夕方に吹き始める谷風にのって遊ぶ。翼をたたんで急降下し、そのままの勢いでヒノキ林を通り抜ける。
どうしてそんな危険なことをするのかわからない。でも、夕日を浴びながらヒノキの先をつかんで一休みする姿は、とても満足そうだ。
ボクはトビの姿を絵にした。風に手こずりながら絵を広げると、トビは目の前の空中にふわっと停まり片方の瞳でじっと見ていた。
ある朝、川をながめていたボクは「あっ」と叫んだきり、言葉を失った。トビを数羽のカラスが激しく攻撃していた。次々と襲いかかるカラス。白っぽい羽根が飛び散った。一方的な空中戦はトビがつかんでいた鱒を川原に落とすまで続いた。
分厚い雲の向こうに青空が見える。でも、ボクの心は晴れなかった。なぜたたかいもせずに逃げてしまったんだ。何も悪いことはしてないんだから勇気を出してたたかうべきだ。でも、たたかってどうなる?、とても勝ち目はないじゃないか…。
「いったい、どうすればいいんだ」
もやもやした気持ちが晴れない。トビもその日から姿を消してしまった。
数日が過ぎた。トビが谷に帰ってきたとき、ボクは校庭でボール遊びをしていた。
「どけよ」
ボクはいきなり突きとばされて校庭にはいつくばった。ふり向くとあいつが立っていた。「キョウボウ」と呼ばれている男の子だ。たまたまぶつかっただけかも知れない。そう思って立ち上がると、また突きとばされた。誰かが「やめなさいよ」と注意したけど、あいつは笑ってボクを見下ろし続けた。友だちは凍りついたように立っている。目の前のボールを見つめるうちに、校庭がどんどん広がっていくような気がした。
「どうすればいいんだ」
涙があふれそうになったそのとき、ボクに向かってまっすぐに近づいてくる影が見えた。あっというまにそれがボクを包み、駆け抜けていった。来てくれたんだね。それだけでからだを支える手に力がよみがえった。もう一度顔を上げたボクは少し驚いた。いつのまにか上級生や友だちに囲まれていたからだ。みんなはキョウボウをにらみつけ、立ち上がるボクに手を貸してくれた。
空を見上げると、まっ先に駆けつけてくれたボクの友だちがゆっくりと輪をえがいて飛んでいた。
いっしょに走る影に、いいぞ!と声をかける。ボクたちはぐんぐんスピードを上げる。指先が風を切る。空を飛んでいるようないい気分。
(おわり)
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お話のない絵本「眠い町」はこちら。
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